呪う8月
どんなに仕事が順調だって私の鬱には関係がないようだった。去年の夏からほぼ1年きっかり。また似たような呪いの言葉を吐かなくてはならない、吐かずにはいられない自分がここにいる。呪いじゃなかったらなんなんだ。
嫌悪が募るたびに自分はこの人が死んだときに悲しむんだろうかと考える。むしろなにかの勢いで自分が手をかけてしまうのではないかと心配になる。もう一人が家に戻ってきたら、今度こそ私は殺意を露呈させてしまうかもしれない。こんな家族の結末はどうですか。
恐れていた事態が起こってしまった。
去年の秋から始めた仕事は順調で、小さなミスは何度もやらかしていはいるものの重大なトラブルなどはなく、週3の5時間で働いていたシフトも週4に変えてもらった。過去の自分だったら到底考えられないくらいしっかり働いている。
仕事そのものも楽しいし人間関係も自分の周りは良好。職場環境も周りが少しブラックなことを除いては特に問題はない。相変わらず自由気ままに働かせてもらってる。不満なんていう不満はそんなにない。と、思う。今の所は。
なんだか気分が落ちてきた気はしていた。胃はずっときりきりするし、食欲はないし、毎年夏バテになっていたからそれだけであっていてほしいと思っていたのだけれど。猛暑は良心まで溶かしてしまう。
親の存在がどうしようもなくストレスになっている。実家暮らしだから嫌でも同じ空間に居座ってしまうこともある。同じ屋根の下だからそんなの当たり前なんだ。分かってるんだけどもう無理だ。顔も声も何度言っても直してくれない生活の細々したこともこれまではなんとか抑えられてた怒りも何も清算出来ていない過去の恨みも殺意もなにもかも。
自制心ってもっと強固で、道徳心ってもっと堅持できて、良心ってもっと揺らがないものだと思っていた。無論、普段の自分なら自信を持って言える。善良な人間であると。今は殺意しか湧かない。この耐え難いストレス源である彼らが死ぬことだけを望んでしまう。ストレスは人を殺させる。
鬱と殺意と寝不足のパレードほど恐ろしいものはない。アルコールに弱くて本当に良かった。カッとなってやりかねない。何をとは言わないけれど。
鬱が始まって治ってまた鬱になってを繰り返して6年になる。病院に行ってもどうせ効かない薬代でなけなしの金が飛んでいくだけだ。環境を変えた方がよっぽど即効性がある。幸いスタートダッシュと逃げ足は速いタイプなので調子さえよければどこにでも飛び込めるし合わないと思えば脱兎の如く逃げ去れる。病院も職場もそんなことを繰り返してなんとか今の生活がある。最後に病院行ったのいつだったっけな。
金なんていらないから住む場所だけ用意してくれ。生活はどうにか死なない程度に回すから。もしくは早々に死んでるかもしれないけどさ。このままじゃ殺してしまうよ。大島てるに載っちゃうよ。まあそれくらいなら載ってもいいか。前科者になるのやだよわたし。こんだけ殺意まみれなのがバレたら殺人罪待ったなしじゃん。せめて傷害致死がいい。いやいやせめても何も逮捕されたくないし拘置所も入りたくないし服役とかしたくない。というかできない。朝起きれないもん。
なにしてるんだろうなぁ自分。
昔より働けると言ったって自立なんて遠い先の話で、お金が貯まるのを待つにもあと何年もこの状況を我慢しなきゃいけないわけで、すでに自制心がふっ飛ぶギリギリのところで耐えてるというのにそんなの無理な話でありまして。お金が貯まる前にバーサークゲージが溜まって自動発動しちゃうと思うんだ。血の海だよ。
家の中にいたおじさんが唯一の逃げ道を塞ぎながら私に近付いてきて手を伸ばしてきた。とっさに右腕で振り払った。心臓がやけにうるさいし顔は熱いし手を伸ばせばナイフに届く距離だった。刺してしまえばよかった。もう一生顔を見なくて済んだかもしれない。失うものも多いけれど。
この感情を他にどこで吐き出せばいいんだろう。誰かに聞いてもらうにはあまりにも難しい内容だし、私は生まれたときから呪われてるし、友達が大切だからこそ軽い感じで流されたら嫌いになってしまいそうだし、ただでさえ重いし。
理解なんてしなくていいからただただ慰めてほしい。
生身の人間の温かさだけを得たい。
人なんて嫌いだ。大嫌いだ。好きな人以外みんな嫌いだ。
一瞬見えたはずの希望があって、まだ消えてないはずなのに盲点のようになくなってしまって、途端に世界は暗闇に包まれて消えてしまった。一寸先は闇で、光を持たない自分はどこにいるかも分からない。生きるのがつらい。
精神の薬なんてろくに効いた試しがない。強い薬を出してくれるまで通い続けられない。そもそも薬でどうこうなる気がしない。こんなに複雑な心というものが、たかだかいくらかのお金でよくなるはずないんだ。プラシーボの逆ってなんて言うんだろう。
目標なんてなくてもその日その日を笑って過ごせてる人がいる。いつまでも過去の夢を引きずってその日から時計が止まったまま愛想笑いをしてる人がいる。何者にもなれなくても大切ななにかを見つけてただそのためだけに働いてる人がいる。
私は目標がない。
私は働けない。
私は死ぬしかない。