春が来る


もう2年も経ってしまった。何も見つけられないまま、何も得られた気がしないまま、就職先も見つからず、とにかく大学を卒業することだけを考えて、そうしてなんとか迎えることができた、卒業証書をもらったあの日から。

 

朝、生温い空気が否応なしに部屋を満たしていることに気付いた。春の湿った空気はずっとカラカラだった部屋を、たった半日で潤した。春特有の、焦りにも似たにおいを漂わせながら。

 

生きるのがつらくて、消えたくて、どこにも居場所がなくて、一人で、さびしくて、こわくて、自尊心と自己肯定感は不安で押しつぶされて跡形もなく消え去って、それでもほんの一抹の、生きて輝きたいという気持ちが、死んだように生きる私の原動力だったように思う。ちゃんと振り返ればきっとそれなりに頑張って生きていたと思うし、できる範囲で働いてたと思うし、どんなに苦しくても死なずにいた証左が今の自分で、きっと悪いことやつらいこともたくさんあったけど、がんばっていた自分もちゃんとそこにいたんだと思うんだけど、漠然と思い返すと暗闇の中に取り残された孤独な自分しか浮かばない。どうして。

 

いつから、とはっきり言うのは難しいけれど、今まで散々理想を押し付けては罵倒を繰り返していた母が最近は何も言ってこない。とても相性のいいバイト先を見つけたのが11月で、そこから週2程度で働き始め、今は5時間を週3日で働いている。家でゲームをしているとたいてい小言を言われていたけれど、今は特に言われない。ゲーム以外にも趣味や娯楽が増えたから、傍目から見たときのニート感が減った結果かもしれない。まぁ、どうでもいいけど。

 

働くのが楽しい。職場のお姉さんが優しい。フランチャイズの店で、店長は細かいことを気にしない。のびのびと出来る環境がとても心地良い。自分が受容されているのを感じる。これまでのアルバイトでは週2日で4時間も働けばいい方だった自分が、毎週3日で5時間も働いている。天職を見つけたような気分だった。でも、やっぱり週5日で働こうとは思えないし、1日に8時間も働きたくない。

 

もう、根本的に、一般的なその他大勢の人と私は違うのだ、と。薄々気付いてはいたけれど、はっきりと悟った。抑うつを引きずっているわけではなく、生来の性質として、目標を見出しづらく、曖昧な場所で全力を出すことができない。やりたくもないことをなあなあで我慢してやり続けるということが不可能。刹那主義よろしく、宵越しの金は持たねえと言わんばかりの将来不透明度500%。

 

経済弱者でいることのいたたまれなさ。周りの友人と同じスタートラインにさえ立てていなかった自分の情けなさ。不甲斐なさ。どれだけ文句を言っても、言われても、「親の金で生きてるんでしょ」という一言でガラガラと崩れてしまう足場のもろさ。

 

なんの因果か、好きなものを語るよりも不満を語るほうが饒舌で流暢になってしまう。誰もしあわせにならない。不幸自慢が得意なんて、しかも言うほど悲劇でもないこんな狭域の不幸と愚痴が趣味なんて、惨めすぎるだろ。

 

人恋しさに襲われる寒さはとうに和らいで、もはや熱気さえ感じてしまうほど日差しがまぶしい一日だった。桜が咲いた、咲かない、もう少し、まだかかりそう、なんて。世の中は春風に浮き足立って、新たな年度、新たな元号、新たに始まる何かに、期待をして、胸を膨らませて、きっと楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことがたくさん起こると根拠のない自信を持って、笑ってる。これから何度の春を見送れば、自分もそっち側の人間になれるだろう。

 

植物には頂端分裂組織というものがあって、茎頂と根端にあるその組織では細胞がそれはそれはもう、たくさん、増殖する。花芽形成とか、もう忘れてしまったけれど、桜のつぼみを見ると、それを思いだしてぞわぞわする。

 

理想と現実の乖離があることは分かっていたけれど、自分が想像していた以上に現実を受け入れるのは難しいことだと痛感した。今だって、欲を言えば普通にフルタイムで働いて一人暮らしをして、親から干渉を受けずに気楽に生きていたかった。それがこんなにも、自分にとっては難しいだなんて思ってもいなかったのだから。

 

人生は選択の連続で、選択した世界と選択しなかった世界は無限の組み合わせで存在する。何を選ぶかなんて、そのときの自分次第だ。たとえ選べなかったとしても、バッドエンドが決定するわけではない。この世界はゲームじゃない。正解なんて存在しない。正しく生きたいけど、結局自分で正しいと思ったことしか正しくない。絶対悪なんて、本当はないのかもしれない。前にも同じことを言ったな。

 

しあわせになりたい。不幸になりたくない。なにがしあわせか分からない。生きていることがしあわせとは限らない。よね?

 

最近ずっと調子がよくて、しあわせだなって思ってたんだけど、自分の中にいるネガティブが久しぶりに目を覚まして、微笑んでる。やぁ、おはよう。

 

ADHDの診断も、ストラテラも、抗不安薬も、私の人生にたいして役に立たなかった。性質はそう簡単に変わらないし、変えようとも思えなくて、それよりももうどうしようもないと、諦めた方がよっぽど楽だった。薬との相性が悪かった。そうだ。どうしようもない。

 

いくら元気になってきたとは言え、完全にポジティブな人間になれるわけではない。勘違いしてはいけない。そもそもそんなこと望んでない。私は、どう足掻いても私なのだから。私が私でなくなったら、それはもう私じゃない。私以外私じゃないの。ってさ。

 

髪を染めた。金髪になった。トランプや、高須院長や、カズレーザーのような、明るい明るい金髪。眉毛は黒いし、おそらく似合ってないと思うけど。でも、一皮剥けたような気がして嬉しかった。自分は周りとは違うんだと、わざわざ言わなくても一目見て分かってもらえると思うととても気楽だ。もう我慢しなくていいんだ。そんな解放感の方が大きくて、恥ずかしさはあまり感じなかった。そもそも自分が周りからどう見えるかなんて、ずっと鏡でも持ってなきゃ分からない。金髪は目立つけど、視界に金髪の自分はいない。それくらいがちょうどいいだろ?

 

新たな出会いを心が求めてる。卒業式、入学式、クラス替え。春の香りを覚えてる。まるで前世の記憶みたいだ。

 

過去も未来も失う一方ではあるけれど、それでも少しは、自分の人生を歩めるようになったかな。生きるのが、ちょっとは楽になったかい?

 

 

呪詛のソ

母親から心ない言葉で殴られ、殴られ続け、理不尽で傲慢とも言えるその仕打ちから自分を守るために見えない壁と心の鍵をかけたはずなのだけれど、どうやら外耳の隙間から入り込んでしまったらしい。なんだかとても心が痛い。つらいんだ。

 

愛がないとか、Iがないとか、哀しかないとか。

 

私が金を無心したことは(記憶上おそらく)ないのだが、母からやたらと言われる。「金返せ」と。高校までは公立だった。塾に少し通った時期はあったが、都内の一般中流の平均程度だろう。平均なんて知らないが。大学進学を決めるときにも特に何か言われたことはなかった。周りが奨学金の話をしているのを聞いて、うちは平気なのだろうかと考えたことはあったが、親からは何も言われなかった。

 

学校に行けなくなったうつ真っ盛りの時期、部屋で寝込む私を見て母は「ずる休みをするために金を出したんじゃない」と吐き散らした。気晴らしにゲームをしてると「ゲームをさせるために金を出したんじゃない」と言う。

 

友人のおかげもあり、不登校時の影響はほとんどなく成績は良かった。それでも母は不満だったらしい。

 

大学卒業後はいろいろあった(記事)が、今は日本社会で働くことの意味を考えながら自分のペースで小遣い程度を稼いでいる。実家の世話になっているが、それでも食費以外は自分で出している。初心者向けよりちょっと良いアコギも買ったし、PS4だって自分で買ったさ。

 

気付いたかもしれないが、私はゲームが大好きだ。でも、母はゲームが大嫌いだ。勝手に部屋を覗いては「ゲームしかしてない」「そんなことする暇あるなら働け」と声を荒げる。テレビを観てる(振りをしている)ときは無言なのだから馬鹿らしい。趣味を取り上げたら働くとでも思ってるのだろうか。趣味すらなくなったら消費活動をするわけないじゃないか。消費するものがないのに働くわけないじゃないか。バカ野郎。

 

比較的落ち着いてるときに「バイトして100万くらい稼いだら?」と言われた。無言を返した。今が精一杯だということに気付いてないのだ。社会から落ちぶれて、社会を恨んで、それでもどうにか社会と繋がりを持ちたくて、必死に足掻いて資本主義の崖っぷちに掴まってることに、微塵も気付いてないのだ。別に気付いてほしいわけじゃないし、教えてあげたいなんてこれっぽっちも思わないが、健常者の母にはこの苦悩の存在すら考え至らないことに、軽く眩暈がした。

 

母は自分に呪いをかけた。世間体に恥じない存在でいること、核家族の模範でいること、自分の描く理想通りの家族でいること。失敗は認められない。私も呪いをかけられた。母の形代にさせられること。私の失敗は、母の失敗。形代としての役目を果たさない私を母は叱責する。できないのなら燃やすぞと言わんばかりに、恐怖政治を布こうとただただひたすらヒステリックに叫ぶ。能がない。なにもない。

 

母は気付かない。私が社会の常識に異議を唱える人間であること。

母は気付かない。私は母とは違う人間であること。

母は気付かない。私だって一生懸命生きようとしていること。

母は気付かない。自分が人として欠けていることに。

 

産んでもらって育ててもらった自分の母親にそこまで言う資格あるのか?とか、そんなこと言いながら親の金で暮らしてんだろとか、言われるんだろうな。

 

金さえ出せばどんな罵詈雑言を吐き捨ててもいいというその考えに反吐が出る。雨風を凌げる場所と食事さえ用意すれば人格を否定して自分の言いなりに出来る?現代日本でそんな奴隷制度が通用するとでも思っているのかよ。とんだレイシストだ。

 

「そんな(定職で働かずにいる)ことになるなら大学なんて行かなきゃよかったじゃん、金の無駄」と断言された。他の真っ当な人間の学歴差別をするつもりはないのだが、あぁ、これが高卒の無知の無知の極みだと思った。大学は就職予備校ではない。勉強をする場所だ。私にとってかけがえのない友人と出会い、専門性の高い学術研究に触れ、世の中を学問の力で発展させていくために知識と知恵を身に付けるために費やした人生の4年を、母は「金の無駄だった」と一蹴したのだ。それがどれだけ愚かな発言なのか、本人は知る由もないのだろう。なぜなら、高卒だから。バブル期の、高卒だから。

 

生活苦を理由に高卒を選んだ友人がいる。一概に高卒が不利になるなんて、どの口が言えようか。もう後輩に指導する立場の彼女は私より立派な社会人だ。ただ、かといって学士という経歴が、大学を卒業したという事実が無に帰すわけではないと思う。というか、人生で得たものを何で他人が無駄だと断言できるんだ。おかしいだろ。

 

母があともう少し、人の話を聞ける人間だったらどんなによかっただろう。もう私の言葉が届くことは、ないんだろうなぁ。私の思いが伝わることは、一生、ないんだろうなぁ。

 

祖母に言われた。「みんな人の話を聞かない子供だったんだよ」祖母のことは好きなので、少し胸がざわついた。続けざまに「父親(祖父)は酒を飲むと手が付けられなくて、人の話を聞かない人間だったよ」と言われた。あぁ、みんなそっちに似たのか。

 

来月が祖父の一周忌だ。そして、私の誕生月だ。

何の因果だろう。きっと何でもないんだろう。ただの偶然だ。

 

母の呪いをかけられた私が、呪詛を吐く。恨みつらみを、かなしい事実を、受け止めきれないから吐き出してしまう。ネットの海へ放流された呪詛はどこに辿りつくのだろう。こんな方法しか選べない自分が悲しい。誰かの心を穢してしまうことも悲しい。母が呪いをかけてしまったことも、その呪いを解くことを諦めてしまった私の弱さも、哀しい。

 

鋭利な言葉で傷つけらると死を考える。私の死。母の死。父の死。

 

遺書なんて残すのも面倒だ。お前のせいだ。死んでやると言って目の前で死んだら母は何を思うんだろう。勝手に気が狂った人間の自殺だと思うのだろうか。私の盛大な失敗で母は過ちに気付くだろうか。

 

私の人生をなんだと思ってるんだと叫びながら頸を絞める想像をしては、だんだんと鮮明になってゆくイメージに取り憑かれそうになる。いつかのニュースで家族内の怨恨が原因の殺人事件についてやっていた時、母は笑って「殺さないでよ」と言った。全然笑い事じゃないんだけどなぁと思いながら、私は「わかんないよ」と答えた。

 

この期に及んで父親にまで飛び火したのかと思われるかもしれないがそれは違う。いや、正確に言えば違う訳ではないのだが、そもそもはじめの火元は父だった。頭がおかしいので話が通じない。今思えば言葉を聞き取ってくれるだけまだ母よりマシかもしれないが、母が週間隔ぐらいで爆撃してくるのに対して、父は理由もなく毎日ピストルで撃ってくる。多少の応戦ができるという意味ではマシだが、そもそも応戦する必要性がない方がいいに決まってる。今は物理的に距離が離れてるから問題ないのだが、近く帰還するかもしれず憂鬱でしかない。はじめに明確な殺意を覚えたのが父だというのに。ということで、母に加えて父まで乱入してきたら私は理性を保てる自信がない。

 

死ぬとか殺意とか、中二病かよwで済んだら、いいんだけどなぁ。

 

核家族が幸せだなんて幻想だ。

幻想を担がされて人生が終わるなんて冗談じゃない。

無為に人格を否定され、人生を否定され、生活まで脅かすような人間の近くに誰が好き好んでいると思うんだろう。

自立できるのならとっくにしてるし、その暁には一切の連絡手段を絶ちたいぐらいだ。

 

 

家族だから愛してるだなんて、思い上がりもいい加減にしろよ。

誰も愛してなんかいないんだ。

 

砂上の楼閣で家族ごっこか?

自分が得られなかったものを勝手に他人に託して期待して求めるな。

ふざけるな。私の人生だ。

 

 

無知と悪意の無自覚

こんなことをしてもきっと誰も幸せにならないんだろうけど、いや、私の居場所のない怒りはいくらか救われるんだろうか。わからないけど。それでもこれは残しておかなきゃいけない気がする。せめてもの抵抗なのかもしれない。全世界に公開する必要性はないのかもしれないけれど。今はそんなことはどうでもいい。

 

「あんた、かわいそうだね」

「世の中には手がなくても足がなくても心がなくても働いてる人はたくさんいるんだよ」

「あんたはやる気がないだけじゃん。怠けてるだけ」

 

いつもいつも、なんというか、それしか言うことないのかと思ってしまう。聞き流しながら、心がないひとってなに…心ないのはあんたやん…と思った。ブーメランになるかもとか気にしたらなにも言えなくなるだろうから今はそんなことは考えない。

 

本当に、本当に、この人は私のことを理解しようなんて気持ちはこれっぽっちも、…仮にあったとしてもほぼ無いに等しい見えるか見えないかぐらいの誤差の範囲程度しか、ないんだろう。あるのは自分の遺伝子を半分受け継いでいる世間に顔向けできない穀潰しの醜い出来損ないを、如何に家から追い出せるかという考えだけなんだろう。

 

まさに親子ほどの年齢が離れた、180℃以上違う方向を見ている人間だから理解しあえないんじゃない。歩み寄ろうという気が無いから分かり合えないんだって。知ってるけれど私はもう歩み寄る体力は残ってないんだよ。反発して逃げて叫ぶ人にはもう近づけない。自分の尊厳を守るために。

 

分かった風な口を利かれるのにはうんざりだ。口喧嘩にもならずに一方的な中傷をまるで自分が被害者のような顔で叫ばれるのもうんざりだ。

 

嫌悪が募るたびに自分はこの人が死んだときに悲しむんだろうかと考える。むしろなにかの勢いで自分が手をかけてしまうのではないかと心配になる。もう一人が家に戻ってきたら、今度こそ私は殺意を露呈させてしまうかもしれない。こんな家族の結末はどうですか。

 

今はただ環境を変えられればどんなにいいかと思う。なにも嫌悪せずに、殺意など湧かずにただ穏やかな日常を手にれられたらどんなにいいかと。

 

つまらないことに振り回されて疲れてしまった。時間を無駄にしてしまった。私の自尊心よりもさらに小さな存在に脅かされて自分の中にいる女の子が泣いている。誰にも分かってもらえない、居場所がないと泣いている。悪意に曝される度にその涙が私の目からも溢れそうになる。

 

無知は罪だが知れば釈放だ。でも無知の無知はただの罪だ。その上悪意で人を嬲って品位を貶めるのは重罪だ。無自覚を自覚させるために誰が生贄になるっていうんだ?

 

「早く死ぬだろうから、残るあんたを心配してる」

 

ああ、死刑を望むのは新たな被害者が増えないからだよな。無差別で突然幸せも未来も奪われたから、遺族が望むんだよな。怨恨の衝動的な殺人はよくて終身刑かな。知らないけど。

 

親は自分のことを愛していると信じて疑わなかった頃が懐かしい。結局あれも理想の押し付けでしかなかったとしか思えないし、今は哀しか感じない。

ストラテラ25mgを飲み始めた

うつがひどくなってきてそろそろ自分ではどうしようもなくなってきたので割とまともそうな精神科を予約した。その前にちょうど障害年金の話もざっと聞いてきて、20歳前に初診日があるので今の年金納付状況は加味されずに申請できますよと言われた。

 

いろんな病院に行っていろんなこと言われたから、もう発達障害じゃなくてうつで障害年金もらえたら少しは楽になるんじゃないかなんて縋るような気持ちだった。障害年金の申請は社労士に手伝ってもらった方がいいというのをネットで見かけたので、そうした方がいいんですか?と聞いたら「わざわざお金かけて社労士を雇わなくてもできると思いますよ」と言われた。

 

障害年金の申請は「①初診日の証明書②現在の診断書③申立書④年金請求書」の書類が必要で、①と②以外は自分で書かなければいけない。そして最も重要なのが②の診断書で、これと③の申立書の内容で障害年金がもらえるかどうかが決まる。基礎年金であれば一人暮らしを想定したときに日常生活が送れるか、仕事ができるかが争点となる。つまり、診断書で適当に「生活に支障はないし仕事もそれなりにできてる」とか書かれるとまずもらえない。要するに、診断書は受給資格に沿って書いてもらう必要がある。もちろん嘘をつけと言う話ではない。自分の出来ないことを明確にしてもらわなければいけない。そのため、医師と相談する必要性がある。ただでさえ医師との相性が治療を大きく左右する精神科で、障害年金の診断書にも協力的になってくれる医師というのはおそらく少ないのではないか。目に見えない精神障害でなおかつ発達障害のような比較的新しくちゃんと診察ができる医師が極端に少ない現状を目の当たりにした今、手を差し伸べてもらえる人間はほんの一握りだろうと思う。

 

少しの期待を胸に秘めて病院へ行った。ADHDの簡易スケールを先に受け、うつ症状が出ていること、ADHDの諸症状に自覚があること、これまでの生育歴を話した。医師は発達障害は専門ではないがと前置きしつつも、「これだけ自覚症状もあり信頼性のある簡易スケールでも結果が出ているのだからADHDでしょう」と言った。「うつ症状は発達障害の二次障害だから発達障害の症状を薬で緩和できればうつ症状もよくなるでしょう」と言われた。そうして出されたのがストラテラだった。ネットで調べると衝動性を抑える薬だから抑うつ状態は悪化する可能性があるとか書かれているので心配だが、とりあえず試してみないことにはどう作用するか分からない。ただひとつだけ、薬価が高いのがネックだった。一錠400円前後。診察料と合わせると月10000円以上かかる。自立支援医療について聞いたら「一ヶ月は来てもらわないと」ということだったが、帰宅後ネットで調べると特に通院期間の定めはないらしい。まぁ初診で診断書を書いてもらうのは流石に無理だと思いつつ、それでも一ヶ月で10000円は高負担だ。今は収入がほぼないに等しいのでなおさらだ。次の診察が来週なのでどうにか早めに申請できないか聞いてみたいと思う。

 

ストラテラの他に胃薬と抗不安薬を処方された。胃薬はストラテラの悪心対策で抗不安薬ストラテラが安定するまでの補助的な役割らしい。ともかくストラテラを初日飲んでみたが、どうにも眠い。あくびも止まらないほどでないが、かなりでた。25mgということもあってか特に冴え渡るような感覚はなかった。発達障害に多いという貧乏ゆすりもとい、私がよくやる音楽に合わせて延々とリズムをとることもいつもどおりやっていた。あとは食欲は夏バテもあって日中はかなり落ちてるが、夜はしっかり食べることができた。先日は熱中症で寝込んだこともあって正直今食欲がなくなるのは体力面でかなりヤバイのだがどうなるか。そもそも高すぎる薬をいつまで買えるかも不明だが。

 

金が稼げない。経済的な自立ができない。社会に適応できない。社会の常識で生きるなんて私には無理だ。なんで一日8時間も働かなくちゃいけないんだ。なんで週に5日も働かなくちゃいけないんだ。でもどこにも居場所がない今の状態もつらすぎる。適応できる場所を探そうにも探す気がおきない。能動的にやろうという気持ちがない。今まで散々社会に否定されてきたのに今更なにを信じればいい。どうして「きっとどこかで受け入れてくれる会社が見つかる」なんてなんの確証もない期待を持てると思うんだ。こんな自分を雇うなんてリスク以外のなにものでもないし、同時にこうして社会から見放されている自分がかわいそうだ。でもどうしようもない。生きる希望もないしやりたいこともない。いっそのこと殺してくれと思ってしまう一方で死ぬのが怖い。なにも残さず消えたい気持ちの底でなにも残せない自分の存在価値の低さが情けなくて無気力にしかならない。

 

 

ゆううつなにっき

どうしてこんなに悲しいんだろう。

とか言うと「なに悲劇のヒロインぶってんだよ」って後ろから声が聞こえる。でも振り向いてもそこには誰もいなかった。するとまた後ろから「そういう時もあるよ。仕方ないじゃん」って誰かが言う。全部誰かに言われそうな言葉で、誰かに言ってほしい言葉なんだろう。

 

どんなに検査をしても、どんなにいろんな人の話を聞いても、私はまだなにも答えを見つけ出せずにいて、だからどこにも歩けずに立ち止まっているんだと思う。なんでもいいからやってみろっていう言葉を信じてなにか始めても、結局飽きてしまう未来しか想像できなくて、そんなことばっか考えてるから続くものも続かないのかもしれない。自分が分からない。

 

将来とか未来とか夢とか希望とか、そういうものは自分は一生手に入れることができないんじゃないかという気さえしてくる。私は私にしかなれないし、今の私は今以上の私になれる気がしない。どうしてみんな生きているんだろう。何が楽しくて生きているんだろう。日々の生活にどれだけ満足しているのだろう。どうしてそんなに頑張って働けるの。

 

いいから働けという言葉も理解できるし、結局今なにもしていない状況のせいで落ち込んでいるのは多少なりともあると思うし、あたまでっかちというかひたすら解決しない問題に悩んでいるのも思い返せばいつものことだったりして。動けばいいというのは分かるんだけど。分かるんだけど。どこに行く気力もなくなってしまった気がするんだ。

 

これだけの人間がいれば社会に適応できない人間がいてもおかしくないじゃないか。開き直って元気になれるなら開き直るべきで、でもここまできても私は全然元気じゃないから、きっと別の解決法を探らなきゃいけないんだろうなって。社会適応というと幅が広すぎるな。生に対しての貪欲さのなさが根底にある気がするけど、どうだろう。生きていることは楽しいと思う。人がいて、動物がいて、植物がいて、良くも悪くも日々変化していて、心が弾むことが起きるから。楽しいはずなのに。

 

みんなが走っている生きるためのレールがどうにも自分には合ってない気がして、それでも頑張って走ろうとしたんだけど初っ端でつまずいて、なんとか横道を見つけて追いつこうとしてるんだけど、ふとどうして自分は走ってるんだろうとか考えちゃって。「この素晴らしい場所を世界中の人に知ってほしい」と一人旅立った友人の話を聞きながら、自分もそんな一生をかけて打ち込めるようなものに出会えたら、幸せになれたんだろうかとか思った。

 

まさかこんなところでつまづくとは思わなかったんだ。嘆いてもしょうがないのだけど、「普通」になれない情けなさと「普通」じゃない誇らしさに揺れている。そしてそんなこととは別に、ひたすら悲しさに包まれている。うつかよ。

 

「仕事辞めたい」ってみんな言ってる。辞めればいいじゃん。さっさと辞めて新しい仕事見つければいいじゃん。私は仕事をする気力もないよ。続ける気力もないよ。みんなよく続けてるなと思うよ。甘ちゃんでもなんでもいいよ。ただの情緒不安定のニートだよ。

 

知能検査の結果が最高で121を叩きだして、まぁちょっとは地頭がいいらしいと少し嬉しかったのだけど。それが裏目に出てしまったのは想定内とはいえ無理解の現実を叩きつけられたようで落ち込んだ。診察はお金もかかる。薬もお金がかかる。働けないって言ってんだろ。そんな金ないってば。

 

病気だという診断がないなら元気じゃないかっていうのおかしいと思うんだ。命題の逆も裏も真とは限らないのだから。体はたしかに動くけど、手も足も動かせるけど、ただ動くだけじゃ生きていけないって知らないんでしょうね。

 

分かってる。こんな自傷はいつものことで、自分がどうしても惨めで生きることがとてつもなくプレッシャーで、生産性のない自分は生きていてはいけないと強迫観念に襲われて、それでも死にたくないから、生きていたいから、「元気そうに見えるかもしれないけどこんなに苦しんでるんです、お願いだから殺さないで」って言い訳をしていること。

 

どうして人は生きているんだろう。どうしてここまでの知能を獲得してしまったのだろう。なぜ社会不適合者に選ばれてしまったのだろう。病気と一緒で、誰も悪くなくて、でも苦しくて仕方がないこれをなんと言えばいい。この生きづらさとどう生きていけばいい。

 

うつだと言うのは簡単で、うつの薬をもらうのも簡単で、でも薬にかかるお金を稼ぐのはとても難しくて、そしてそのうつの薬で心を治すことはもっと難しい。

 

世の中にはいろんな人がいる。私はその中の一人に入っているんだろうか。認めてほしい一方でひっそりと消えたい気持ちに駆られて、どこにも行けない心が涙をこぼす。

 

そんな5月病の憂鬱。

 

 

《本日編》入社2日目の会社を休んだ私の話を聞いてくれ③

①はこちら

②はこちら

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ついに本題です。

 

既卒就活は超短期決戦だそうだ。かくいう私もそうだったのだが。

第1回の面接から2週間ほどで採用が決まったこの会社は残業(以下、ザンギョウ)がないことを売りにしていた。そして私もそれに釣られた。

 

入社初日。

満員電車に1時間揺られて、会社に向かった。はじめての正社員、はじめての仕事。なにをするんだろう。どんなことがあるんだろう。緊張してたが同時に少しわくわくしていた。

出社してからは事務仕事の手伝いをし、昼食を食べ、研修。新入社員の一日目そのものだったが、初日からザンギョウがあった。定時から30分ほど。

 

定時になっても表情ひとつ変えずにパソコンに向かう他の社員を見て私は恐怖を抱いた。でも今定時になったばかりだし、残務処理なんて10分もすれば終わるのだろうと思って平静を装った。

「もう上がってもいいですか?」

そう言おうか迷っていたとき、先輩社員にこう言われた。

「じゃあこの作業やったら帰っていいよ」

 

「は?」

 

と言いそうになった。

それを定時10分前までに言われたなら私は何も思わない。

でも今は定時を過ぎていて、これはどこからどう見ても残業なのだ。

心の中が怒りと裏切られた悔しさでいっぱいだった。

あれだけザンギョウはないと言われたし、あなたたちはそれを売りにしていたでしょう。

それが、初日で「嘘でした」?

ちょっと、何言ってるんですかね。

OJTだかなんだか知らないけど、全体図も行程も見せず、時間外にいきなり追加ミッション?????????頭おかしいのでは???????

 

怒りにつられてそれ以外の不満も噴出してしまった。

 

あまりにも仕事がつまらない。

わかってる。何事も基礎が大事で、今はその時期で、しかも初日だということ。

これを我慢すれば着実に成長するし楽しめるようになるかもしれないこと。

わかってるけど。それでもつまらないという感情に侵されてしまう。

初日から楽しくて仕方がなかった前職と対比してしまう。

 

早めに昼食を食べ終わったので席で休憩しようとしたら、社員に「みんなと一緒にいたほうがいいかも・・・」と言われた。

みんなと群れてろって?知らないだろうが私はそういうのが大嫌いだ。

心の底から大嫌いだ。

なんで自分の意思で動いちゃいけないんだ?

周りの顔色ばかり伺う人生でなにが楽しいんだ?

その程度で機嫌が悪くなる上司なのか?

機嫌なんて自分でとるものだし、人と対するための最低限のスキルだろ。

 

と思いながら、とりあえず初日から波風を立てるなと焦る自分の声にいなされて何事もないような顔で輪に入った。

 

帰宅途中の電車でやるせなくなった。

しんどい。なんだか分からないけど、つらい。

 

帰宅して、夕飯を食べて、そのまま寝てしまった。

 

入社2日目。こと、今日。

6時半前に起きて、昨日入らなかったお風呂に入った。

出勤の準備をして、朝ごはんを食べて、着替えた。

準備万端、そして、体が動かない。

電車の時間が刻々と迫っている。

行かなきゃ。

でも体が行こうとしてくれない。

 

この感覚は前にもあった。

「行かなきゃいけない」という言葉が脳内でこれでもかと響いているのに、立とうとすることができない。これ以上遅れると電車に間に合わない。わかってるのに、動けない。

学校に、行けない。

 

バイトが嫌過ぎて「やだなぁ」と思いながらも支度してバイト先まで行ければとりあえずは問題ない。「学校めんど」と思っててもちゃんと授業まで辿りつけてれば問題ない。

 

それすらもできない。

 

この感覚はうつとか適応障害とか発達障害を患ったことのある人しか分からないんだろうな。

そして、健常者から見るとこれは「ただの甘え」になってしまう。

ストレス因から逃避するのは生存本能の一種だ。

野生動物は敵から狙われたら逃げる。そのまま何もせずにいたら食べられてしまうから。子の命を優先して親が囮になることはあるだろうけど。

でも適応できずに人間としての社会性を欠いた私たちは「甘えていて」「我慢のできない」「忍耐力のない」「できそこない」と言われる。

 

母が叫ぶ。

「いつまで甘えてんの」

「なんで会社に行かないの」(※注 ここで答えると火に油)

「どれだけ迷惑かければ気が済むの」

「社会をなめてる」

 

ああもう、うるさいな。

 

ストレス発散でしかないであろう罵倒劇は母の外出によって幕を閉じた。

 

このまま言語化せずにいたらダメだと思ってパソコンを起動した。

最愛のペットたちの写真を見つけてしまって、涙と嗚咽が止まらなかった。

 

社会に適応できなくてごめんなさい。

ストレスに弱くてごめんなさい。

お金が稼げなくてごめんなさい。

目標もなく生きててごめんなさい。

自信がなくてごめんなさい。

なにもできなくてごめんなさい。

生きててごめんなさい。

死ねなくてごめんなさい。

 

好きで適応できないわけじゃない。

好きで人間やってるわけじゃない。

好きで生きてるわけじゃない。

でも死ねない。

 

家にいることがつらい。

母の罵倒がつらい。

逃げ場がなくてつらい。

逃げるだけの気力もない。

ここで生きるしかないのがつらい。

 

他にどうしろっていうんだ。

 

逃げてしまいたい。

死んでしまいたい。

消えてしまいたい。

 

罵倒に耐えるのももう疲れた。

 

 

《親編》入社2日目の会社を休んだ私の話を聞いてくれ②

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背景2といったところ。

 

中学生くらいから定期的に訪れる親しい人に対しての攻撃的な衝動や抑うつ状態があったので大学2年くらいのときに病院に行った。医師曰く、PMS(月経前症候群)の中でも特に症状がひどくて、希死念慮に襲われることも多々あり日常生活が送れないほどなのでPMDD(月経前不快気分障害)だろうと言われた。薬を処方され調子がよくなった頃に調子にのって(一応医師に確認はして)断薬したら忘れた頃にぶり返した。

元から精神状態がふらつきやすいタイプなのだ。人といるときはかなり安定してることが多いため、普段の状態だけ見れば元気じゃんと言われるだろうが、一人でいるとどんどんマイナスに針が偏っていく。

 

PMSは同じ女性であっても理解されづらい」とはその通りで、一番身近な母親から「そんなのは甘えだ」と言われた。

「自分も似たようなことがあるし、それを我慢してる」と。

この人に何を話しても、きっとこれ以上分かってくれることはないだろうと悟った。

なんでこの現代で、解決法が目の前に提示される現代で、わざわざ我慢をしなければいけないのか。医療費だったら出してくれるのではと報告した自分が、なぜ非難されなければならないのか。

どんなに科学的な根拠を提示しても、「そんなもの知らない。私が知ってる〇〇はこうだ」と、自分の信じてること以外は断固として拒絶する人種が目の前にいることに失望した。そしてそれが自分の母親だということに、決して小さくはない衝撃を覚えた。

 

以降ことある毎に、母の視野の狭さや常識への囚われを意識してしまっては失望した。この負債は貯まっていく一方で、あるときを境に母への尊敬の念はぱったりとなくなってしまった。人として、人間として、もうこの人の価値観にはついていけない。そして、私の価値観を否定することしかできないこの人間にもう関わりたくない、と。

母が大好きだった。今まで育ててくれたことを考えればそれは自然な感情で、料理がうまくて、とても活動的で、元気のある人柄は自分の母親として誇らしかった。のに。

 

涙がでてくる。

昔から手をあげる人ではあったが、私はそれを今更どうこう言おうとは思わない。どんなに殴られても私は殴り返さなかったが、心の中で呪っていたからおあいこだ。

でも今の状況は違う。前述のPMDDから慢性的な抑うつになって不登校が続き、病院へ行って医師からも中等度のうつだと言われたという診断結果を告げても、見せても、「でもあんたは甘えだ」と言ったあなたを。私は最低だと思う。

母はよく言った。「20年以上も見てるんだから、自分の子供のことくらい分かる」と。ならこうして部屋に引きこもって泣いてる私をどうしてそんなに罵倒することができるのか。

「そうやってなにもしないで引きこもって」

「家でひきこもるために学費を出したんじゃないんですけど」

「それなら学校やめれば?学費がもったいない」

「あんたにいくら金かけたと思ってんの?」

他人に言われるならまだ分かる。内情を知らないやつなんだと分かるよ。でもあなたは違うでしょ。私の一部始終を知ってるでしょ。なのになんでそんな表面的なことしか見てないの。

 

私は決して成績が悪い方ではない。むしろ定められた範囲内ではかなり上位の成績をとれた。成績首位の人と並んだことだって少なくない。それを私は自慢げに母に報告していた。

頭が悪いわけじゃないし、勉学だって怠けてるわけではないし、故意に誰かを傷つけるような人間じゃないって、20年以上一緒にいるのに、なんで知らないの?

どうして今なにもできなくなっている私をどうして「甘え」「我慢知らず」と罵倒することしかできないの?

なんで私のことを信じてくれないの?

 

恐怖政治しか知らない母親なんて最低だ。

 

学校を何ヶ月も休んだ。ちょいちょい行ってはいたけど、少し顔を出すくらいだった。うまくいかない就活と進まない卒論でもうなにもできなかった。

母はそんな私の心配なんて微塵もせずに、ひたすら罵倒するだけだった。

 

はじめは言い返したりもしたけれど、真っ向から人の意見否定し、人格攻撃をするような人としての品性をもたない人間に、もうなにを言っても無駄でしょう。

相手の意見を聞かない相手との議論なんて不毛な消耗戦でしかないじゃない。

 

無視してても感じる徒労に、その場を離れようとすると「そうやってすぐ逃げる」と母は言う。

「嫌なことがあるとすぐ逃げ出す」

そうだよ。私は逃げるよ。

 

どんなに論理的な会話をしようとしてもそれをあなたがぶち壊して勝手に感情的にヒステリックになり感情論と世間体だけをぶつけることしかせず、私の話を微塵も聞こうとせず意見のぶつけ合いどころか私をサンドバックかなにかにしてひたすら殴り続けることしかしないんだもの。

罵倒の中で自分の尊厳を保ち続ける方法を私は知らないから、逃げるんだよ。

だって他に方法がないんだもの。

そんなことも分からずに言葉の暴力をし続ける人と「会話」なんてできないよ。ましてや「建設的な会話」なんて。

 

母は理想の娘を押し付けようとしてくる。そしてその理想は中身の伴わない人形であることを私は知ってる。姿形が理想であれば、どんなに醜くてもいいのだろう。だから私の感情も気持ちも心も決して理解しようとはしない。

 

そんな母親の愛情を望むのは愚かだという声が聞こえる。

それでも母を信じたいと思っていた時期もあったかもしれないが、もう無理だろうと。

親子と言えども所詮は他人なのだから、と。